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過去を振り返ったら前を向くしかなかった

過去を振り返ろうとしましたが現実が一番でした。

進路選択と進学と仕事のタラレバ

このブログの趣旨にぴったりではないか!な、今週のお題「私のタラレバ」話。

「あの時こうだったら」とか「こうしていれば」とか、自分にとって大きなことも小さなことも取り上げていたらキリがないのだけれども、常々思うのが「学生時代の進路選び」について。

少し前まで「今の選択とは違う道を選んでいればどうだったのだろうか」なんてのをよく考えていた。

元々私は、「ピアノを弾くことが好き」で「本が好き」で「作文を書くことが好き」で「絵を描くことが好き」だった。どれも満遍なく好きで、悪く言えばどれも特段秀でたものはなく、「これから大人になっても細く長く『好きなもの』と付き合えて、あわよくば飯の種になればいいなあ」ぐらいな感情を持っていた。

小さい頃は「漫画家になりたい」とか言っていて、今となってみれば、似たようなことを言っている人は世の中にたくさんいるようなもんでしょと思ってみる。

小学生の頃はそれぐらいフワッとしたものでも良かったけれど、中学生となると「進路」についてもう少し真剣に考える必要が出てくる。高校への進学はどうする?普通科?それとも専門的な勉強を始めるか?

この時の私は「この先勉強するなら美術より音楽」という選択をした。美術を勉強したところで、この先で得られるものは限られているだろうし、音楽を勉強しておいた方が、今やっているピアノを生かした仕事をそのまま続けられるだろうと思っていたからだ。ピアノ講師然り、音楽教師然り。

高校は普通科のある学校に進学し、音大受験を視野に入れた勉強を進めてきた。そこで分かったことは(既に前から薄々気づいていたことではあるけれど)、「私はそこまで音楽に対して『特化した力』を持っていない」ということ。演奏能力然り、元々の素質然り。プロの音楽家になろうというつもりはハナからないので、「音楽をベースにして教える」という軸をもって、今後の進路を考えていこうと音楽学部のある大学へいくことにした。

大学に進学してみれば、当然だけど周りは「音楽」を勉強する人たちばかり、音楽と共に生活するのが環境で。そうすると「私自身が持つ力やキャラクター」というものが少しずつ見えてくると同時に、「音楽というフィルターを取り払った時、私が本当に求めているものは何か?」というものが少しずつ見え始めてきた。

音楽を軸にして学ぶということはもちろん好きで、「教える」という仕事にも興味はあるけれど、特性云々はさておきとしても、自分が本当にやりたいことは他にあるんじゃない?と思い始めてきた。

「作文を書くのが好き」な私は、当時最盛期を迎えていた「テキストサイト」をやってみたり、「本が好き」な私は、出版の仕事にも少しずつ興味を持ち始めた。

そうなると、この先「散らかった進路選択」になることは目に見えていて、卒業間近になっても「自分はこの道で行く!」というのがビシッと決められなかった。

最終的に「教える仕事」と「本の仕事」を選んだ私は、細々とアルバイト兼業生活をしていたのだけれど、「実家に帰ってピアノ講師をやっていれば、もっと違った生活をしていたのだろうか」とか「もっといえば、進学する時音楽以外を選んでいたらこうなっていたんじゃ」とか「大学もここじゃなくて他にしていれば」とかモヤモヤ思うことが多かった。今になってみれば「本人のやる気次第でどうにかなるし、環境は二の次」とは思うのだけれど、その当時の私は「おかれた環境」で全てが左右されると思っていたのだった。

それでも、ずっと学んでいた「音楽」との縁を切りたくないという思いから、趣味の範囲で合唱や踊りを始めてみたのだけれど、ここから生まれた繋がりが、今の私にとって一番大きなものになっている。現状、私にとって「音楽」は「飯の種」にはなっていないけれども、人の繋がりが出来、自分にとっても「新たな興味」がここから更に増えていっているので、「音楽と付き合うこと」を完全に諦めなくてよかったなと思ってみる。私にとっての「音楽とのちょうどいい関係」はこのレベルだったんだろう。

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なんにせよ「あれが良かった」と思うことは数あれど、これまでの選択があるからこそ今の私があるわけで、最終的に「音楽と付き合いながら本の仕事が出来ている」現状はそこまで悪いものではないかなと思ってみる。こんな私の道をそこまでうるさく言わなかった親に感謝である。お仕事がんばろ。